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12/02/23

Tour of Oman 2012 監督総括

ツアーオブカタールで自信と希望を見出し、高いモチベーションで望んだTour of Oman。
「自分たちは出来る!」その思いを胸に、アピールする走りを達成したカタールから、オマーンでは、記録に残る「結果」を目標に立てた。

プロチームとして、すばらしいレースの招待を受けた以上、そして招待主がASOという世界最高の主催者である限り、我々の任務はレースを可能な限り盛り上げ、そして招待したことを心から主催者に喜んでいただき、世界に発信されるメディアに載り、そしてチームがより多くのレース主催者にとって魅力的な存在となっていくことが我々の使命だ。

ステージレースで重要なことは、総合、ステージ優勝、各賞ジャージの獲得が上げられる。カタールでは実現できなかった、ステージトップ10入賞、そして各賞ジャージ。
並み居る強豪を相手に獲得できる可能性のあるジャージは敢闘賞ジャージのみ。
その2つをまず最初の目標に立てた。正直なところ、達成できるとは最初は思っていなかった。

第1ステージ
新生アンカーを目覚めさせ、カタールで切り込み隊長だったアレックスことアレクサンドル・ルメアがまたもチームの士気をあげるスタートアタックを決める。メンバーはカタールの時と同じカチューシャのイグナチェフ、BMCのウィスら4名。前回はイグナチェフとロトのソフラビ相手に中間スプリント勝負で敗れたが、前回の反省を生かしアレックスはより足を回して、うまく立ち回り2回のスプリントポイントをそれぞれ1位2位通過し、なんと早速敢闘賞ジャージを獲得してしまったのである!!

表彰式では世界のトップスプリンターのグライペルの横に並び、ブリヂストンアンカーサイクリングリームのリーダージャージ用ロゴが、ASOの主催する2.HCレースで初めてポディウムに乗った瞬間だった。

同時にアレックスは中間スプリントのボーナスタイムにより、総合4位となりU25選手が対象となる白ジャージにさえ2位につけてしまったのである。
その瞬間は、これが現実なのか、なぜアレックスがグライペルの隣に居るのか、今ひとつすぐに実感の湧かない、不思議な気持ちだった。

第1ステージにしてこのオマーンの目標であったジャージ獲得と、リザルトに残る総合4位という結果の両方を達成してしまった。

しかし、それはほんの序章に過ぎないとは、その時はまだ気付いていなかった。

第2ステージ
いよいよオマーンの真骨頂である山岳が現れる第2ステージ。レース後半は厳しいアップダウンが繰り返し、ゴールは1kmの登りゴール。登りを意識したチーム編成の今年のアンカーがどれだけ世界のトップレーサーを相手に食い下がれるのか、もしくはやはり大きな差があるのか、不安と期待の入り交ざった緊張の中レースは進んだ。

ラスト25kmを切り、レース前の予想通りレースは一気に激しくなりカタールでは見られなかったカヴェンディッシュやボーネンの苦しむ姿が現れる。アルカンシェルがメイングループから千切れてゆく中、清水、トマは集団前方の良い位置をキープし最後の上りに一気に突入する。

そしてついに、トマ・ルバがその実力を爆発させた!トマはあのニバリ(リクイガス)13位やロドリゲス(カチューシャ)12位よりも前の11位でステージをゴールしたのである。
そして清水都貴も昨年のフランスチャンピオンのシャヴァネル(オメガファーマクイックステップ)やミラー(ガーミン)、アンディ・シュレック(レディオシャック)よりも前の22位でゴール。

そしてこの結果を支えたのは紛れも無く井上キャプテンはじめ、西薗、吉田、クラース、アレックスの献身的なアシスト、そして重要なポイントでの位置取りがあってこその結果である。

この日のリザルトは、自分のような経験も実績も日本一乏しい監督としては、何度読み返しても信じられないリザルトだった。
ブリヂストンサイクルが精魂込めて生み出したRMZが、世界のクライマーの前で山を駆け上った歴史的瞬間だ。

9位 カンチェラーラ(レディオシャック)元個人TT世界チャンピオン、フランドル、パリルーべ優勝
10位 グライペル(ロト・ベリソル)2011世界選手権3位 ツール区間優勝
11位 ルバ・トマ(ブリヂストンアンカーサイクリングチーム)
12位 ロドリゲス(カチューシャ)元スペインチャンプ、ブエルタ、ツールステージ優勝多数
13位 二バリ(リクイガス) 2010ブエルタ総合優勝

トマ・ルバ(Thomas Lebas)選手との出会い
リザルトを眺めながら、自分はトマとの出会いを思い出した。
トマは南仏の名門クラブチーム、エクスアンプロヴァンスというアマチュアとしては
強豪のディヴィジョン1のチームに所属していた選手だった。
彼は過去に2回コフィディスのスタージエール(研修生)を経験していたが、いずれも
本契約にはいたらず、プロ入りを逃していた。
昨年はプロヴァンス地方選手権優勝、GP Aix 優勝、厳しい山岳ステージレースの
Circuit de Saone et Loire優勝など、フランスのエリートとしてはいくつかの大きなレースでの勝利を挙げていた。
だが、26歳という年齢も影響してやはりプロからの声はかからず、知り合いであるこのチームの監督から、ブリヂストンアンカーサイクリングチームが2012年から欧州をメインに活動するといううわさを聞きつけて、自分にトマを紹介してくれたのである。
自分はトマに会う為にブルグアンブレスという小さな町の駅のさびれたカフェでトマと待ち合わせをした。もちろんトマも自分に会うのは初めて、全く面識も無い。
礼儀正しくとても穏やかで、ある意味フランス人らしくない誠実な感じの青年だった。
自分は簡単に一通りチームのビジョンや条件、活動方針をトマに伝えたが、見ず知らずの日本のチームにいきなりすぐに入ろうとは思ってもらえないだろうと、「また少し考えてから返事をくれても良いよ」と伝えようとした。
だがトマは、「自分はこのチャンスにかけると決めてきた。今ここで契約書にサインしたい」ときっぱりと言い切ったのである。
初めて会って30分も経っていなかっただろう。
でもそのときのトマの目は忘れられない。トマは3時間半かけて電車で来てくれていた。
自分もそのトマの潔さに、この選手に賭けてみたい、と強く感じた時のことを思い出していた。
そして、トマは早速その期待に応えてくれた。

第3ステージ
昨日のステージはトマと都貴の活躍の代償に、アレックスは敢闘賞ジャージを逆転され失っていた。世界でもっとも大きな規模を持っていると言われ、昨年のツールドフランス優勝チームであり、クラシックの伝説フィリップジルベール、そして2人の元世界チャンピオンであるウショフトとバッランを抱えるBMCのロドウィックが逃げてポイントを稼ぎ、現在敢闘賞1位となっていた。

第3ステージはまだ僅差である敢闘賞ジャージを奪い返すことを第1の目標に立てた。
スタートしてすぐにBMCのロドウィックはアタックを敢行し敢闘賞ジャージを確定させようとしていることは必至だった。何度もアタックし逃げようとするロドウィック、しかし集団もアンカー選手たちが活性化させ逃げを決めさせない。第1第2ステージよりもはるかに厳しいアタック合戦が繰り広げられる中、再びアレックスが4名で抜け出しに成功!
世界のBMCを出し抜いてやったこのアタックは快心だった。どちらもお互いが狙っているとわかっている状況の中で、それを振り切り抜け出すことはことプロツアーチーム相手ではそれほど簡単なことではない。
しかしアレックスはそれをやってのけた。
アレックスは中間スプリントを2位、3位通過し、世界のBMCから、日本のブリヂストンアンカーは敢闘賞ジャージを奪い返したのである。
この日から周りのメディア、そしてプロツアー監督たちの対応は一気に変わって行った。

レディオシャックニッサンのディレク・モル監督やアラン・ガロパン監督をはじめ、カタールで親しくなったガーミンのジョニーウォルツ監督からもレースのアドバイスやチームに対する称賛を何度も頂いた。FDJのマーシャル・ガイオン監督とは同じシマノ使用のチームとして、レース中お互いが逃げのサポートに回っている間は集団のパンク対応や補給作業を支えあうように自然となっていった。

第4ステージ
再び総合を左右する登りの厳しいステージがやってきた。今日はテクニカルで細い街中を過ぎて、すぐに激坂の現れるセクション、そして最後は厳しい登りを繰り返す周回と、いよいよバラバラになる展開も予測された。チームとしてはトマと都貴を全員で守り、総合の可能性にチャレンジすることを目標とした。

コースは厳しく世界チャンピオンのカヴェンディッシュが何度と無く登りで千切れてはカーペーサーで復帰を繰り返す難易度の高いレースとなり、アレックスも苦しんだ。
このステージでは今度はBMCのロドウィックにやられ、今度は逃げられて再び敢闘賞ジャージを失った。

しかしこのステージでは西薗が頑張り、厳しい周回コースのラスト一周の登りで自らアタック。このアタックがきっかけで世界チャンプのカヴェンディッシュはついに集団から千切れていった。惜しくも西薗のアタックはシャヴァネル、カザールのカウンターにより決まらなかったが、もしワンテンポ待っていたら面白い展開だった。

そして最後は約50名でのゴールスプリントとなり、厳しいサバイバルな展開の中でルーキー吉田が、カンチェラーラやバッランの前の16位でゴールする快心の走りを見せた。

しかしながら、本来プロテクトしなくてはならないトマが孤立する場面も多く、課題も見つかった。レース後話し合って、明日に生かせるように確認しあった。

第4ステージ終了時でトマが総合12位、都貴が16位といよいよトップテンが見えてきた。
当初想定もしなかった総合トップ10をいよいよ狙おうと決断したステージだった。

第5ステージ
クイーンステージと呼ばれ、ゴールまでひたすら登り基調、そして最後の6kmが平均約11%、最後の2kmが13%という激坂のグリーンマウンテン。ごまかしは効かない。純粋に力のあるものが生き残る山岳ステージ。重要なのは登り口のハイペースで少しでもトマと都貴を前方で登りに突入させるかが鍵だ。

見えてきた総合トップ10を目指し、井上キャプテンをはじめ、アレックス、吉田、西薗たちは全員で献身的なサポートを尽くす。最後の上り口ではトマ、都貴を良い位置まで引き上げ、力尽きて散ってゆく。そしてトマと都貴は仲間たちの働きに応えるべく、渾身のクライムを見せる。
ラジオツールからは次々に脱落する選手がコールされる。
「グライペル、ディフィキュリテ(遅れている)、サガン・ディスタンセ(離れた)、アンディ・シュレック、シャヴァネル…」次々に有名選手たちが苦しそうに遅れてゆく。
しかしいつになっても都貴、トマはコールされない。

それどころか、「アタック!二バリ、清水、トマ 15秒」のアナウンス。鳥肌が立つ。
並み居るプロツアーのクライマー相手に、真っ向勝負しているブリヂストンアンカーサイクリングチームの2人。 そしてトマはロドリゲスのすぐ後ろ、カンチェラーラの4秒前でゴール、都貴もフルグサングやシャヴァネルより前の13位でゴールし、トマはついに個人総合9位に食い込んだ。

気が着けばチーム総合もグリーンエッジやSky,ロトなどのプロツアーチームをしのぐ8位まで上昇。
ミーティングでもカンチェラーラがボーナスタイムを取りに来たらどうするか?とか、シャバネルのアタックをもう少し待ったほうが良かった、とか、今まで想像出来なかったような内容に変わっていた。

間違いなくチームは覚醒し、全く新たな領域に踏み込んでいることを皆感じていた。

第6ステージ
ついに最終ステージ。チーム全員で築き上げたトマの総合9位そして都貴の13位。それを死守することが最後の目標だ。総合優勝争いも二バリとヴェルテュスガ1秒のボーナスタイム争いとなり、激戦は必至。ゴールまで海沿いのルートが多く、我々が課題とする横風対策が重要なステージだ。 二バリの逆転をかけたリクイガスとクイックステップの中間スプリント争いは激しく、対応し切れなかったアンカー選手たちはたちまち横風で分断された後方集団にトマと共に残され、肝を冷やす場面も…。
しかし全員死力を尽くしてなんとか復帰し、最後の周回へ。オマーンの首都Muscatの美しい港を周回するコースは無事に乗り切り、無名の日本のコンチネンタルチーム「ブリヂストンアンカーサイクリングチーム」は見事に総合9位13位、敢闘賞2位、チーム総合8位で初めて挑戦した2.HCですばらしい結果を残すことが出来た。

ゴール後、エディメルクス氏やASOトップのクリスチャンプリュドム氏自ら「近い将来ツールであえることを楽しみにしている。ブリヂストンアンカーサイクリングチームのパフォーマンスは本当にすばらしかった、ありがとう」という言葉を直々に頂き、本当に感激した。

自分のような実績も経験も乏しい頼りない監督、即席のスタッフ陣のなかで、頑張ってくれた選手たち、そして支えてくれたDenis監督はじめ優秀なスタッフたちに本当に心から感謝したい。

そしてこうして今チームが世界のトップチーム相手に結果を出せるようになってきたのは、昨年までチームをずっと支えてくださった、藤野智一元監督の土台作りがあってこそ実現できた結果だと思う。いつも選手を気遣い、夜遅くまで毎日チームの準備に尽力されていた藤野元監督。自分はその10分の1も出来ていないと思う。
もし藤野元監督の働きを見ていなければ、今頃自分は大変なことになっていただろうと、いつも考えさせられる。

優秀な選手、スタッフたちの努力を無駄にせぬように、これからも必死で頑張らなくてはならないと感じさせられた、本当にすばらしいレースだった。

現在チームはフランスに拠点を移し、いよいよ厳しい本場欧州のレースに挑戦してゆく。
また一つでも良い知らせが出来るように、チーム一丸となって、世界に挑み続けます。

応援よろしくお願いします!!
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世界への階段を登り始めたブリヂストンアンカーサイクリングチーム、応援よろしくお願いします!!