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RNC7

JAPAN NATIONAL CHAMPIONSHIP ROAD
内間康平 8/6 ロードレース DNF

リオ2016オリンピック出場代表として内々定したことを、'15年12月に知らされた内間康平。「特別なスケジュールを組んでもらうなどみなさんの限りないご協力で、8月6日のレース当日は、最高のコンディションでスタートできました」。
今回のリオでの内間、その走りには使命があった。チャンスがあれば自分がリオ2016オリンピックを狙うのはもちろんのこと、まずは新城選手を「最初の石畳区間からのきつい上りにかけて前に送る」こと。その後も新城選手を積極的に引き、ボトル補給も行い、新城選手の上位獲得をサポートするアシストを担っていた。コースは『サバイバル』感あふれるものだった。石畳が多く長い上りも多くある、いわゆる『春のクラシック』を思い起こさせるテクニカルな全長238kmのコース。2周目までは中盤に位置した新城選手と内間だが、そのとき内間の前にいた選手が突然ブレーキ、つられて減速した内間のバイクを石畳の振動が弾いてチェーンが落ち、最終的には工具がないと外せない状況になった。

仕方なくチームカーを待ち、バイク全体を交換した内間。
「集団に復帰するため、ものすごい脚を使いました。追い上げの前にボトルを目一杯補充して、そこから集団に追いついて」とにかく最後の周回まで新城選手のアシストに徹し、出し惜しむことなく走った内間だったが、最終周回の直前の上りで集団から少し遅れたところ、周囲の不注意で後ろから選手に追突され落車してしまう。脳震盪を起こしながらも復帰するが、先行との差は埋まらずタイムオーバーに。
「周りにいいメンバーが並んでいるなという印象でしたが、始まってしまえばいつもと変わらない光景が拡がっていました。それこそ観客は国内最高カテゴリーのレースの方が多かったかな(笑)。
このオリンピックという舞台にむけ最高のコンディションを実現でき、自分の役目を確かに果たせたという経験は、今後への大きな自信となりました。この経験を次に活かすため、これからも苦しんでいかないと、と思っています」


上田藍 8/20 トライアスロン女子 39位

'15年後半から世界大会5連続入賞という流れを掴んだ上田藍選手。過去に出場したオリンピック2大会にはない、メダル獲得を期待できる準備から決勝となった。特に上がり続ける泳力に、期待もしていた。「ビーチスタート、走りながら海へ飛び込む位置はイメージ通りだったのですが、そこから集団へ入るときに、潮の流れを見誤り、単独でのスイムとなりました。波のうねりが激しい海だったので、集団の中にいた方が有利でした」。
バイクでは、トップ集団には追いつけないままレースは運ぶ。先頭の展開はとにかく速かった。もしスイムでの失敗がなくても、この高速なバイクでの振り落としに耐えなくてはならなかった。その時点で自分としては、メダルに向けて走ることにはならなかった、と上田選手は振り返る。「ひとつのミスも許されないのを感じました」。あまり外に感情を見せない彼女が、オリンピックレース後は人目をはばからず泣いた。悔しさに終わった上田選手のリオ2016オリンピックだった。


ゴードン・ベンソン 8/10 トライアスロン男子 DNF

イギリスチームとしてのゴードン・ベンソンの役目は、メダルを目されるブラウンリー兄弟の2選手をバイクで守ることだった。しかしスイムで遅れ、先の2選手までバイクで猛烈に追い上げる。その攻めが行き過ぎ7周目に転倒、リタイアしたがブラウンリー兄弟は金銀という最高の成績を獲得。ゴードンの念願は果たされた。
このオリンピックという舞台にむけ最高のコンディションを実現でき、自分の役を確かに果たせたという経験は、今後への大きな自信となりました。この経験をに活かすため、これからも苦しんでいかないと、と思っています」


リオ2016パラリンピック日本代表選手団

リオ2016パラリンピック日本代表選手団には、自転車競技出場の選手5名への機材サポートを行った。トラックとロード競技の石井雅史選手と川本翔大選手。タンデムトラックとロード競技の鹿沼由理恵選手と田中まい選手(パイロット)。トライアスロンの秦由加子選手だ。ブリヂストンサイクルは、メダルへの情熱を支え続ける。

JAPAN NATIONAL CHAMPIONSHIP ROAD
日本一を証明できる全日本選手権の優勝

全日本選手権は、その年度の公式日本チャンピオン、つまり日本一のロードバイク選手を決定する大会だ。このワンデーレースで優勝し、ナショナルチャンプとなることは、その日から1年間、世界へ日本最強だと明言する最も簡単な方法となる。
ブリヂストン アンカー サイクリングチームは、この全日本選手権の優勝から遠ざかって久しい。2004年に、当時のエース田代恭崇が成し遂げた全日本勝利から12年が経つ。その間、2位という結果がチームとしては最高だった。
2016年の全日本選手権、ロードレースと個人タイムトライアル(TT)の会場は共に伊豆大島となった。TT決勝は6月24日(金)、ロード決勝は26日(日)。チームの移動は22日(水)18:00集合。車の持ち込みにはかなりの制限があり、東京の竹芝桟橋から出る伊豆大島までのフェリーかジェットボートが搬送手段となった。ほとんどのチームが同一条件。飛行機を使う海外遠征のように絞りこんだ装備での会場入りだ。
ブリヂストン アンカー サイクリングチームから出場するのは6名のチーム員。井上和郎。内間康平。鈴木龍。椿大志。西薗良太。初山翔。チーム監督には水谷、マッサーの安見、メカニックの中山。全日本選手権なので日本国籍ライダーだけの参加、フランス国籍のトマ・ルバとダミアン・モニエは未出場だ。9名からなるチームは午後10時出航、伊豆大島到着は翌木曜日午前5時。

到着日は嵐、まずはご飯を食べてから

伊豆大島はぐるり回れば50kmほどの島。いい感じの1日ライドが取れる島なのだが、到着直後に局部的な低気圧と遭遇、到着した日の午前は、嵐のように強い雨と風。とてもじゃないが練習どころではない。輪行してきたバイクを中山が組み始め、それぞれの荷解きも始まる。チームのお母さんとも言える安見は、まず持ってきた炊飯器でごはんを炊く。ご飯に合うレトルトとスープを用意し、午前11時に宿の廊下の隅にセルフご飯場を用意した。選手はめいめいに食べる。

天候は極端に変わる。宿の前の道を川にするような大雨が降り、窓を叩くような大風が吹き、その後晴れ上がる。明日にタイムトライアルの本戦を控えた西薗と椿はワンピースに着替え、雨の合間を縫ってコース試走に出た。海沿いのタイムトライアルコースは風が荒れ、この風模様ではレース結果も荒れそうだ。ロードチームは軽くコース試走、大島一周50kmのライドで移動で固まった体をほぐす。


シミュレーション通りの走り

タイムトライアルの朝、西薗と椿は早起きする。椿は午後1時すぎ、西薗は午後2時半の出走である。午前中は全国のジュニアや、U23クラスが、同じ海岸沿いのコースを使いクラスごとの勝利へ挑む。コースは1周11.2km、アップダウンの続くストレートなコースとなる。椿と西薗の出場する男子エリートは3周、33.6kmを走る。
これまで計算と理論で体の限界を超えてきた西薗は、今年のタイムトライアルに全力で立ち向かった。昨年の全日本での3位は不本意な結果だった。去年は新作TTバイクでのシミュレーション時間が取れず、戦略で立ち向かったが、4秒というタイム差で負けを体感した。今年は練習環境を充実させ準備期間をとり、このコースのような起伏あるコースでのTTシミュレーションを数多く行った。ウォームアップの練習まで何度もした。
椿は、結果6位となるタイムをマークする。昨年3位の西薗は、ラスト3番手からのスタート。昨日の荒れた天候がウソのように風はない。ライダーの走力差が出る絶好のコンディションだ。走行中は無線が使える。同じコースを走るライバルのタイムを聞き、自分の走りが予想よりも速いことを知る。登りセクションを踏み倒し、平坦部ではじわじわトルクをかけ続ける。すべてはシミュレーション通りにやりきった。結果、2位に26秒の差を付けての42分57秒29で優勝。「最終的に身体の感覚と対話しながら走ったのが良かったです」と西薗。見るとパワーメーターの上にはテープが貼ってあり、数値が読めないようになっていた。


エース内間の転倒と緊急の作戦変更

宿で西薗をクラッカーで迎え、夕食時に宿がお祝いでくれたビールを一杯飲み祝賀会は終了。11時には消灯だ。土曜日は男子U23と女子エリートのロードレース。今回は宿が貸し切りとなったので、各自部屋を開けながら、安見のマッサージベッドから見える海沿いのコース とレースを眺めながら、さまざま話をする。内間は自分がエースであることを自覚していたし、チーム全員がそう考えていた。さらに内間は8月にオリンピック出場を控え、自身の責任の重さを感じていた。レース序盤、力の及ばない選手を振り落としながら、それぞれのチームが先頭集団をコントロールしようとする。レース中盤、2名の選手が逃げ、差を1分30秒ほどまで広げるも、井上、内間、椿の3名が積極的に引き、追走集団を掌握した。
そのさなか、内間のハンドルを後方からの別選手がかすめ、内間は転倒、激しい肘の痛みを感じて、リタイアを判断した。オリンピック出場という大きな舞台を控えた内間、その判断は賢明だ。エースのリタイアを聞いたチームはプランを変更。体力を温存した初山、西薗、鈴木の3名をゴールに絡ませる作戦とし、井上と椿で集団の速度を上げる。ラスト3周で先行2名の選手まで1分にまで近づいた。そのタイム差が集団に伝わった瞬間、集団の緊張感がふと緩む。その瞬間を『計算』していた西薗は、ここで前に出て突然にペースを上げ、後方集団の数を絞り込む。さらに井上が気を吐く。海岸沿いの厳しい向かい風の中、先頭を力の限り先頭を引き西薗を休ませながら、他チームの脚を削る。

選手、機材、そしてチーム力の全日本制覇

最終周回、残り7km。先頭は7人まで絞られ、チームは3人を残している。ここでかかった1人のアタックに初山は反応、、速度を上げる2人に、海岸線沿いを知り尽くす西薗がついていく。ゴール前で は1km先頭3人、チームから2人がいる。
初山を勝たせる意志を固めた西薗、ゴール前1kmの登りで初山を引き前に出る。ゴール前300m、相手の全力を尽くしたラストアタックを、2人の加速で確実に叩き潰し初山は前に、踏み続けた西薗もそのまま初山に続く。ゴール前100m、西薗は早々と両手を上げ、チームの勝利を祝う。そして初山も大きく両手を上げ、優勝の雄叫びをあげた。

 
ブリヂストンアンカー・サイクリングチーム
全日本自転車競技選手権大会


タイムトライアル 2016年 6月24日
優勝 西薗 良太 42:57.29
6位 椿 大志 +:2:04

ロードレース 2016年 6月26日
優勝 初山 翔 4:14:57
2位 西薗 良太 +:0:00
6位 鈴木 龍 +:0:43
32位 井上 和郎 +:0:48
DNF 椿大志 -
DNF 内間康平 -

なお、ワンツー勝利のWガッツポーズはこれで2度めとなる。前回は17年前、藤野智一と 渋谷淳一が成し遂げた1999年全日本選手権、ゴールラインでの同じ勝利の構図である。

JAPAN NATIONAL CHAMPIONSHIP MTB
世界選手権でのメカトラ、沢田の全日本欠場

ロードチーム全日本選手権制覇の祝報に、大きな刺激を受けたブリヂストン アンカー MTBチーム。しかしその次週、7月3日に行われたチェコでの世界選手権では、不名誉な結果だった。
男子エリートに出場した平野星矢はスタート後にサドルが取れるトラブルでタイムを落とし、未完走の84位に。男子U23クラスに出場予定だった沢田時は試走時に転倒、鎖骨と肘を骨折。緊急帰国し、2週間後に控えた全日本選手権の3日前に手術を行うこととなった。 最後の全日本U23クラスとして4連覇を狙った22才の沢田だったが、2016年全日本選手権は欠場した。沢田のU23タイトルがなくなり、ロードチームに続く全日本タイトルを求められる今。エリートクラスMTBライダー平野には重圧がかかる。
7月17日、長野県富士見パノラマスキー場。2016年全日本MTB選手権クロスカントリー男子エリートXCOレースのスタートは午後2時。ゆっくりと会場入りした平野は、レーシングウェアに着替えながら「緊張してます」と言う。見据える相手は1人。今シーズン 2月から続いた海外遠征ではいくど戦っても敵わなかった、山本幸平選手(Trek Factory Racing)である。

動かない身体、乱れる走り

ロードレースでは見られないスタート・スプリントからの長い上りで、山本選手と、今季強さを見せる若手、中原義貴選手(BH SR Suntour)の2人が抜け出し、シングルトラックに入る。1テンポ遅れて、平野が付いて行く。しかし平野はそのまま前方の2人に追いつくことなく、少しずつ遅れていく。
追いつけそうだが体がいうことを聞かない。中盤に入り先頭のスピードも落ち着いているのに、まさか今日の自分は調子が悪いのでは、と不安にもなる。気持ちばかり焦り、体が動かないままレースは進む。前との差は開く。力が入らず路面の荒れへも対応できず、 走りは乱れタイヤも流れる。
そこで、一度落ち着いて走ろうと考えた。重めのギアでゆっくり踏みだすと、リズムが整ってきた。やっといつもの心地よい感覚が戻って来た。その高揚感とともに前との差も縮む。「追いつけるぞっ!」と声援が聞こえる。しかしここで「よし! 追いつける!」となるのはよくない。冷静に気持ちを抑えリズムを刻む。

取り戻したリズムと、圧倒的な追い上げの結果

「前が落ち始めた。この周回で確実に2位を捉えろ」フィードゾーン から指示が出た。平野は、その定評あるシングルトラックでの速さでさらに加速し、前を行く選手を抜き去り2位に浮上。その後もペースの上がるところで確実に踏み、最速の周回タイムをマーク。1位の山本選手と40秒以上空いた差を、28秒にまで詰めていく。ギアの掛かりも力強く、ダウンヒルも野性的かつ安定している。しかし、この勢いを感じた山本選手がラスト周回で苦しみながらも踏み直し、さらに加速。差はまた開き始める。この焦りが集中力を乱したか、平野にミスが増え下りでのスムーズさにも欠け始める。その後も山本選手には追いつけず、平野は2位に終わった。「今回は山本選手との差がありました。もっと練習が必要です」平野は冷静に次を見つめた。
山本選手より強くなるのを目標に、海外と国内での積極的なチーム合宿やレース参戦を繰り返したチーム。しかし優勝の山本選手とのタイム差1分23秒で2位。2位は確かな成績ではあるが、全日本選手権は日本一を決める場所。1位の勝者とそれ以外の敗者しかいない。この現実を真摯に受け止め、明白となった課題をひとつひとつ解決し、もっと強く、もっと速く進化していかなければならない。


全日本MTB選手権 2016年7月17日 個人総合成績
1位 山本 幸平(Trek Factory Racing) 1:39:18
2位 平野 星矢(ブリヂストン アンカー サイクリングチーム) +1:23
3位 中原義貴(BH SR Suntour) +2:37

TRIATHLON JAPAN CHAMPIONSHIP & WORLD

2015年後半には世界5レースの連戦で2度の優勝を含む圧倒的な成績を残した上田藍選手。2015年の全日本選手権に勝利し、世界大会である2016横浜トライアスロンで日本人最上位の3位に入賞した。最高峰を制し続ける上田選手にそれぞれのレースを振り返ってもらった。

2015年 日本トライアスロン選手権優勝

日本選手権は、ある意味リオ五輪に向けたシュミレーションでもありました。調子よく、期待されて勝つという最高の勝ち方をしたいと思い、それを実現しました。そう気持ちを吹っ切れたからこそできた勝ち方だったんですね。
スイムを4番手で上がれたのが、一つの勝因でした。私自身のスイム強化が進み、しかも全日本選手権という狙った舞台で、スイムを上位で上がれたのは、スイムが弱いと思っていた選手にはプレッシャーになったのではないでしょうか。雨というリスキーなコースコンディションでしたが、6人の集団を作りました。ランでは絶対的な自信があったので、声を掛け合いながら、この6人でトップ争いができるよう冷静にレースを展開でき、実現できました。今シーズンの自分が表現してきたことが、この優勝につながったんだと思います。


2016年 ITU横浜大会 3位表彰台

去年、先頭に追いついたのは後半。その後のランで落ちたので、今回は3周目とプランどおりに早く追いつけ、落ち着いて集団の良い位置につけられました。バイクの加速力と推進力に任せて体力を回復しながら、ランに持ち込めたのが、今回の勝ちパターンですね。そして前に一気に追いつける流れにつけるという、走力はアップしているんですが、それをさらに上げるのが課題なので、もう1レベル上げて、仕上げていきたいと思っています。ここでの表彰台がリオでの表彰台につながると信じています。

JAPAN NATIONAL CHAMPIONSHIP TRACK
4月17日 4km 個人パーシュート 4 位

トラック競技の全日本選手権は、4月16 ~ 17日に行われた。場所は静岡県・伊豆修善寺、東京オリンピックのトラック競技会場としても目される伊豆ベロドロームである。ブリヂストン アンカー サイクリングチームからは、現在唯一のトラックチーム員、一丸尚伍が4km個人パーシュートとポイントレースに出場した。
4km個人パーシュートの予選は、トップ4が決勝に進み、1位 vs 2位、3位 vs 4位 といった形で争うもの。その予選での一丸の結果は5位。予選落ちか!とがっかりするも、4位に入った選手が走行違反で失格。なんとか4位に滑り込み、決勝進出を果たした。3位決定戦となる決勝前半でのペースは良く、快調に脚も回っていたが後半、「決勝ではギアも重めにして、予選よりも速いペースで走り続けましたが、徐々にタレました」その結果は総合4位。表彰台にも手が届かないという結果に。
「これは今の実力かなと思いますが、タイムにはがっかりします」悔しそうに語る一丸は、クールダウンのためのローラー台まで歩き ながら、サポートから渡されたタオルを、ヘルメットを脱いだ頭にすっぽり被せている。

4月18日 ポイントレース 4位

二日目に出場するポイントレースとは、20 ~ 30名ほどが一斉スタート、10周ごとでの順位でポイントを獲得、その合計を競うもの。レース序盤から、一丸は目立って動いた。最初2回のポイントは見逃すも、一丸ならではスプリント力でまくり上げての1位を2度獲得。一丸の速さに観客は湧く。
しかしその直後から他選手の一丸へのマークは厳しくなり、ポイント周回直前では一丸の後ろに選手が並ぶ。一丸はマークをかわしきれず脚は疲労を重ねる。その後は大きなポイントを稼げず、結果はこの日も4位であった。4位という結果は残念だったが、このレースでの一丸は、確実に会場を盛り上げる走りと速さを魅せてい

SOLO RIDE UKIHA IN FUKUOKA

ソロライドのスタイルは十人十色。正解も不正解もない。もしルールがあるとすれば、それはただ一つ「この瞬間を楽しむ」ということだけ。

気の知れた仲間とのグループライドも楽しい。でも、ソロライドは、グループライドのソーシャルイベントとは全く違う「自分と遊ぶ楽しさ」がある。好奇心の赴くまま、自由に決めることができる楽しさだ。

どの道を選ぶのかも自由、どんなスピードで走るのかも自由、立ち止まるのも自由、後戻りすることさえ自由だ。プロのロードレーサーになりきるのもいい、冒険家を気取るのも悪くない。夕陽を追いかけてもいい、セミの鳴き声に聞き入ってもいい、限界までもがいてマックスまで心拍を上げるのも、重いギアを一心不乱に踏む続けるのも自由だ。

頭の中のアイデアを整理するのも良い。不必要な考えが排除され、散らかったアイデアや迷いが明快になる。考え事をしたいときはソロライドだ。

一人で知らぬ土地を走る楽しさも格別だ。もはや旅でもあり冒険でもある。そのときは輪行をオススメしたい。旅にはストップ・アンド・ゴーが簡単で、長距離移動できる自転車が好都合だ。


今回の撮影ライドも輪行して行った。向かった場所はうきは。福岡県の南東部に位置する、江戸時代、豊後街道の宿場町として栄えた地域だ。旧街道筋に白壁づくりの商家が軒を連ね、山里には江戸時代から昭和初期にかけてつくられた旧家が並ぶ集落が点在している。昔話しに出てきそうな、日本の原風景ともいえる景色が残る絶好のサイクリング・スポットだ。アイターン組による、ハイセンスなカフェやレストランも点在し、休憩場所にも困らない。85kmで1,350mアップ。わずか6時間のライドながら、山から町まで、余すことなく楽しむことができた。

ソロライドっていいこと尽くめじゃないか。

整備されたバイク、お気に入りウェア、必要最低限のお金、それに、コンパクトなカメラでもあれば、より最高だ!


ATSUSHI TANNO | 丹野篤史
1974 年生まれ。バンド/ DJ といった音楽活動を経て、2000 年に出合った自転車とほぼ同時期に手にしたコンパクトカメラで写真の世界に魅了され、表現手段が音楽から写真へと変化し、現在に至る。   www.atsushitanno.com